アメリカで最先端の患者の権利を調査研究してきました(第28回)

米国調査第28回です。今回は、ホスピス医療・緩和ケアを行っている、NHPCOのキャシー・ブラントさんです。

(前回の続き)1980年代、ナンシー・クルーザンの事例がありました。自動車事故後の重度の意識障害で、両親は栄養チューブを止めてほしいと頼みましたが、医師は断わりました。自分で呼吸はできた訳で、栄養チューブは外せないと考えたのです。ミズーリ州裁判所は医師を支持しました。連邦最高裁判所まで争われ、最終的に栄養チューブとクスリは一緒ではないか、直らないのにクスリを与えるのと一緒なので、という理由で家族を支持しました。

ホスピス・緩和ケアセンターでの質疑応答

ホスピス・緩和ケアセンターでの質疑応答

栄養チューブを抜いてから2‐3週間でナンシーは死亡しました。カレン・クインランの事例と同じく、どちらのケースも家族は治療を打ち切りたかったが、医師とは意見が対立して、最終的に裁判で家族側が勝利した訳です。

クルーザン事件で大事なのは、栄養チューブは投薬と同じという事が判例として確立したという事です。

最近はテリ・シャイボさんのケースです。心臓発作を起こし、昏睡状態になり、呼吸は出来るが栄養チューブが必要な状態でした。このケースでは、前の夫と家族の間での意見の違いがありました。シャイボさんは事前指示がなかったのですが、フロリダ州では、こういった場合は夫が決定するという事になっていました。結局 2005 年3月にチューブが外され、2週後に死亡しました。

これは一番最近の話で、政治家までコメントを出しました。この事件の後に、こうならないようにどうすればよいかという声が、殺到しました。米国では事前指示についての法律があり、あらかじめ自分の意志を書いておくか、自分で決定できない時に誰が決定するかを決めておく事になっています。

(次回に続く)

 

注: Nancy Cruzan 事件

1983 年、 25 才のナンシー・デイビスが自動車の運転を誤り車外に放り出された。低酸素による脳障害が起き昏睡状態となり、胃チューブで栄養を受けた。療養途中で夫が顔を見せなくなり、翌年両親に後見人資格が認められ、その後に離婚が認められ、ナンシー・クルーザンに苗字が変更された。

1987 年に両親が起こした訴訟に対し、裁判所の判断は当初両親の訴えを認めたが、その後否定した。その後、当初デイビスと報道されていた事件が、友人のクルーザンである事に気付いた元同僚が「人工栄養や器械で生かされるのは望まない」といっていた事を証言、最終的に胃チューブを取り外すことを認めた。本人の意志が明確でない時でも、他の証言の代用を認めた判決である。

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