米国調査報告の第17回です。リスク・マネジャーのバートラム( Catherine Bertram )さんの話です。
残念な事に、事件が起きてから初めて反省出来るという例もあります。きちんとしたシステムが出来ていなかったために医療過誤が起こってしまった。その後、事情も説明し賠償も行った訳ですが、その中で関わった医師が、説明するのはとても苦しく大変でしたが、「とてもよい治療法になった」と言いました。この事件を通して、こういう事は本当にいけないのだと、これはこういうふうにしないといけない、という事が理解できて身に染みたというのです。
医師も看護師も、医療過誤を起こすと、ライセンスをなくすのではないか、メディアが来て自分の顔が映ったり非難を受ける、自分が矢面に立つのではないかといった恐怖を持ちながら仕事をしています。
To err is human (人と言うものはエラーを犯すものだ)という本があります。この中の事例ですが、間違った部位の外科手術をしてしまった、それを分析してどうしてこうなったかを明らかにしています。ミスの分析から、システムが悪かったのなら改善を行うという事が書いてあります。
バートラムさん「日本の場合、医師や看護師がミスを犯して、死亡するなど重大な結果を来した時、家族にきちんと話をしているのですか? 」
代表団「重大な結果を来したものについて家族について隠すことは、現在ではないでしょう。しかし、結果として無害であったようなケースで、家族に言っていないことはあるかもしれません」
バートラムさん「そこはすこし違います。間違った投薬をした時には、何かを学ばなければなりません。メモの様なものに書き、報告します。影響がなくてもしています。間違って採血した時など、影響がなければ家族には言いませんが、リスク・マネジャーには報告します。投薬に関しては、影響がなくても家族には言います。それによって学ぶ訳です。ただ、我々もパーフェクトではないかもしれません。私に言っていないのもあるかも知れませんからね 」
バートラムさんがジョージタウンにくるまで、医師からのミスのリポートは全然ありませんでした。(リポートを出すのに)慣れるまでは時間がかかります。リポートは出すものだという文化を作っていかなければいけません。ミスを報告しても大丈夫ですよ、という文化が大事です。今は、 80 %くらいは言ってくれているように思っています。時々、大事なことで言って来ないので、頭に来ることもありますが。医師が、間違ってごめんなさい、影響がなくてもこういう事がありました、と言って来ることに慣れるのには時間がかかるのです。
(次回に続く)